2013年03月10日

ぶらり☆史跡めぐり 〜吉金窯跡編〜 さぬき市にお宝発見!!!



 のっきーです晴れ  

 
古墳や史跡が大好きなのっきーは・・・

 DSC08816.jpg 
 ずっと気になってました・・・この看板右斜め上右斜め上右斜め上
  
 富田焼???


※元々讃岐は、古くから製陶の盛んな国として知られ、すでに奈良時代には、特産物として皿や碗など3000個以上が朝廷に収められていた記述もある。

 

 ここ・・・さぬき市大川町富田は、焼き物に使われる良質な陶土を産し、豊富な燃料にも恵まれていた為、江戸時代、焼き物の里として栄えたところであったそうひらめき


 さぬき市で有名なあの「源内焼」にも、富田の陶土が
 使われてるんですって!!!眼鏡


 そんな大川町富田にある【 吉金窯跡 】ひらめき
 ※香川県指定史跡
 

 看板の下に・・・
 釜跡看板.jpg

 10mって・・・たらーっ(汗)


 書いてなければ、絶対に一人では 入れない感じでしたけどたらーっ(汗)

 その言葉を信じて、何も見えない山に入っていくと・・・

 本当!!!  すぐに見えましたぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

 DSC08819.jpg
 
 階段状になった 窯跡位置情報

 復元すると・・・

 釜跡イメージ.jpg

 こんな感じ右斜め上右斜め上 階段の所に器を置き、傾斜を利用して

 火の調節をする、いわゆる「登り窯」
 
 下の方は 高い温度で焼くもの・・・

 上の方は 低温で、じっくり焼くものを置いておくんだそうひらめき

 DSC08818.jpg
 
 その規模 → 全長40m 高低差9メートルグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)

 でかいっどんっ(衝撃)

 なので・・・この辺り一帯の陶工達によって、協同で大量の
 焼き物が作られていたという訳です位置情報

 
 実は・・・ 今でも莫大な量の陶片や窯道具が埋まっている
 そう有料

 
 掘ってみたい黒ハート黒ハート黒ハート (#^.^#) 

 そして・・・ この場所に深く関わる人物がいたそうな!!!

 その名は・・・「紀太 理兵衛」

 お茶をたしなむ人なら、聞いたことがあるかも・・・揺れるハート

 
 高松藩初代藩主 「松平頼重公」が京より呼び寄せた
 名工で、現在の栗林公園の北に屋敷を賜り 
 窯を築いた人です ひらめき                
                    images[1].jpg            
 もともと京で焼き物をしていた理兵衛かわいい

 彼の焼き物は、京焼の要素をふんだんに取り入れた
 金銀彩色絵を用いた 美しい色絵陶右斜め上右斜め上右斜め上
 
 DSC08798.jpg
 
 それから、長い年月受け継がれてきた「理兵衛焼」

 その中で、4代目「紀太理兵衛」を受け継いだのが、
 富田出身の「蓮井弥助」という人ひらめき
  
 その弥助が、富田吉金に窯を移したとされるのです!!

 それを物語るかのように、その時代の理兵衛焼には
 「富田」印が残されているそうですぴかぴか(新しい)

 つまり・・・4代目・紀太理兵衛こそが 富田焼の祖では
 ないか・・・というわけるんるん



 今もなお、名を「理平焼」として残す、現代の
 13代目・紀太理平
は高松にて、焼き物を広めています右斜め上右斜め上

 そして・・・その実弟が・・・なんと
 
 始祖ゆかりの富田の地に陶房を築き、富田吉金窯を
 再興したというではありませんか右斜め上右斜め上右斜め上


 早速!!! 由緒ある「富田焼」を見せてもらいに
 突撃取材――――!!!

 う〜ん揺れるハート お宝の匂い――――グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)

 その様子は また明日のブログにて〜黒ハート

 BY のっきー晴れ
 
より大きな地図で 吉金窯跡 を表示 
posted by sanuki-asobinin at 00:00| 香川 | Comment(0) | 歴史・文化財 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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